5月 06

横浜の桜木町や関内周辺には、老舗系のこじんまりしたお店が沢山ある。和食・洋食・中華などなど何でもあるのだが、今回は(今回もと言った方がいいかも)洋食屋さんだ。

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今日の洋食屋さんは、馬車道から少し入ったところにある「グリル・エス」である。この看板が目印だ。「洋食キムラ」もだが、お店の間口は狭いので少々わかりにくい。

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今日食べたのは、オムライスのセットだ。まず言いたいのはボリューム満点ということ。どう考えても2人分はある。写真ではあまりわからないが、普通の大盛り以上は間違いなくある。小食の人には食べきれない量かもしれない。

オムライス自体は、ケチャップライスの中の具がゴロっとした感じで他で食べるオムライスよりも大きめで、具の触感が楽しめる。ケチャップライス自体は、薄め感じなのだがしっかりと味付けはされている。卵は、最近良くあるドロっとした半熟ではなく、普通の半熟という感じだ。

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あと、サラダが付いている。

グリル・エス
横浜市中区相生町5-89
045-681-2581

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5月 05

横浜では有名な洋食屋さんの「洋食キムラ」野毛店へ行ってみた。

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以前から、ここのハンバーグは食べてみたかったのだが、なかなかチャンスがなく今日になってしまった。
洋食キムラの特徴は、デミグラスソースにある。このデミグラスソースが微妙な甘さ加減がちょうどいい感じ。ハンバーグ自体は凄いとゆうようりもフワフワな感じで、こってりとしたデミグラスソースとよく合っている。そんでもって、半熟の目玉焼きの黄味を崩してデミグラスソースと絡めてハンバーグを食べると、卵の黄身のお陰で更に口当たりの良いマイルドさがでて旨いのである。

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因みにハンバーグセットには、ご飯又はパンとサラダがついてくる。因みに、このサラダ、多少乱暴にドレッシングがかかっていたりもするが、ドレッシング自体は旨いので良しとしよう。

他にも、ビーフシチューセットとか、タンシチューセットとかあって食べてみたいので、次の機会に是非チャレンジしてみたい。

洋食キムラ
横浜市中区野毛町1-3
平日営業時間:昼11時半~2時 夜:5時~9時
日祝日営業時間:昼11時半~夜8時半(通し営業)
045-231-8706

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5月 04

「ドキュメント 長期刑務所」(美達大和著:河出書房新社)は、長期刑務所がどんなとこであるのかを著者の体験をもとに書かれた本だ。その内容は、大きく著者の「主観」により記載されたパートと「客観」により記載されたパート2つのパートで構成されている。この2つの構成で思ったことを書いてみたい。

このブログにしてはかなり長文になってしまったが、時間のある人は全文読んでいただければと。

◆「主観」

著者の主観で書かれた部分は、著者自信が刑務所生活の中で感じたことをありのままに書いている。

著者の文章を読んでいると、刑務所の生活とは、昭和30年~40年頃の庶民の生活感覚や社会生活と同じなのではないかと想像できる。昭和30年頃や、昭和40年頃というのは、現代と比較すると飽食でもなく社会のつながりが多かった時代だと思うのだが、刑務所の生活は、その時代の雰囲気に似ているのではないだろうか。

著者は

『美味礼賛』を著したサバランは、「空腹こそ最高の調味料」という至言を残していますが、その通り、10年を越えてからここの食事でさえ美味と感じる時もあるほどです。

刑務所に来て関心するのは季節感を大切にすることです。これは全国の施設でも同じ傾向にあり、季節の食べ物や果物を必ず配ってくれ、味覚で季節の移ろいを感じられるのです。

一年に1回、何だか七夕の彦星と織姫みたいですが、この希少性が通常の飢餓と強烈なシナジー効果を生み出し、食べた時の旨さは言語に絶するものがあります。
無いということが、こんなにも人の感受性や口福感を刺激することを始めて知りました。

私はこの刑務所が全てと決めて生活していますから、それ以上望まず、与えられた条件で満足しているために、幸せだと思っています。あるはずのないものを欲望のまま求め続けるよりも、あるものの中で楽しむことが大切だと考えるようになりました。数は少ないのですが、そんな想いを抱く人も何人かいるのです。無いという日ごろの生活が、喜びや感動を大きなものにしてくれることを10年を過ぎた頃から強く意識するようになりました。そのことは、犯罪者でありながら幸福のチケットをもらったようなもので、何だかいいのかな、不公平じゃないのかなと天に向かってつぶやいています。

と書いている。昔は、それほど豊かではなかったのだが、幸せを感じることは多かったのではないだろうか。

現代社会は、昭和30年~40年頃の日本の庶民生活に比較すれば、物質的にはかなり豊かになっていることは間違いないだろう。しかし、物質的な豊かさを追い求め過ぎた結果が、昔の日本人の良いところを削り取ってしまったという感じもする。

今、与えられている環境や制約の中で、幸せを感じることが大切であることを語っていると思うのである。

普通に庶民の食生活や社会生活の視点で現在(現代)の自分の生活と照らし合わせることで、自分の生活をよりシンプルに生きた方が幸福感があることを改めて思い知らされ、普段の生活を改善しなければと思う。

◆「客観」

「客観」的に書かれた部分は、刑務所の生活がどんなものかのか?という事実をいろんな視点で非常に解りやすく解説している。

刑務所の中の生活とは、もっと辛く厳しいルールがあり、その中で生活しているものだと思っていたのだが、法改正によって、自分が思っているほどではないことがわかった。アメリカの刑務所のドキュメント番組を見た事があるが、そのアメリカの刑務所の生活は、受刑者にもいろいろな権利?が与えられており刑務所とは思えないほどの自由があるように思えたのだが、その状況に似つつあるのではないだろうか。

そして、この「客観」の部分では、改めて刑務所の意味を考えさせられる。刑務所の意味や意義はどこにあるのだろうか。まず考えられるのは、罪を償うことだろう。いわゆる贖罪ということなのだが、この贖罪については以前の記事「人を殺すということはどういうことか」でも記載したので今回は割愛する。

次の意味は社会のルール違反をした人をルールを守れるようにする「再教育の場」として役割だろう。

この「再教育の場」としたとき、現在の刑務所の実体では、「再教育」が十分に行われていない点が問題だろう。

そもそも「教育」には金がかかる。「再教育」には、子供の教育に金がかかる以上に金がかかることは間違いない。子供の場合は、頭の中に概念形成が出来ていない為、新たな概念を入れ込むだけで済むが、大人の場合は、なんらかの概念が形成されている。その大人の頭の中に出来上がった概念を一度崩して、再構築や再構成させるには非常に長い時間とコストがかかる。

「再教育」のコストと「ルールを破る人」の発生確率とその「ルールを破る人」による「社会に与える影響」というコストのバランスで、「再教育」コストは決まるのだろう。

「社会に与える影響」というコストが「再教育」のコストを上回り、社会が「再教育」の必要性を認識したときに始めて、刑務所での「再教育」の費用が大きくなるだろう。

それまでは、現在の刑務所の更正という名の「再教育」は、今以上のレベルにはならない可能性が高い。

そして3つ目は「犯罪の抑止力」としての意味ではないだろうか。

この意味では、この本を読んでいると、この「犯罪の抑止力」が低下しているという印象を受けるのだ。本の中にも書かれているが、受刑者にもある程度の生活をする権利があるという考え方もあるが、程度の問題はあるかもしれないが、社会一般に認められている権利の制約は仕方ないことなのではないだろうか。そうでなけれは、罪を犯して「刑務所」に入って辛い生活をするのは嫌だということにならない。

自分を含め、社会一般の考え方としては「刑務所」の生活は辛いものだという認識はあると思うが、この本を読んでいると辛さが感じとれない点は、この本の残念なところだと思う。著者は、事実を書いているとは思うが、その事実の記載が逆効果を生んでいるように思われることは残念でならない。

全体を通して、第一作も、この第二作も著者の見識や知識の豊富さ・深さには感嘆する。自分もそれなりに本は読んでいるが、著者のレベルにはない。更に、読んでいる本が専門書に傾斜しておりもっと、多様なジャンルの本を読んでより豊かな人生を!と改めて思ったのだ。

最後に、このブログを読んで本を贈って頂いた著者に感謝を述べたい。ブログを読んで頂いたこと、本を頂いたこと、ありがとうございました。

ドキュメント長期刑務所 ドキュメント長期刑務所
美達 大和

河出書房新社 2009-04-10
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5月 04

以前「人を殺すとはどういうことか」という本の記事を書いた。その著者の第二作目となる出版社の方からブログにコメントを頂き、獄中の著者から第二作「ドキュメント 長期刑務所」を出版社である河出書房新社の編集者の方を経由して頂戴した。

ブログもいろいろ書いておくものである。こんな形で本を頂くことになるとは夢にも思っていなかった。どうやら弁護士の方を経由して著者がブログの記事を読まれたとのこと。大した記事を書いたわけではないのに、著者の方に喜んで頂けたようだ。

さて、こうして本を頂いた訳であるが、頂くにあたって思ったことがある。

通常、自分は、一般の書店で売っている本の著者とは別の世界で生きている。本を頂戴することによって、改めて自分の普段の世界と本の著者の世界とは、遠い距離があるという事を改めて感じたのだ。

本を読んでいても、感情移入はすれど、著者の個人との間には凄く大きな距離間があるのだが、こうして、ブログを通して繋がりが出来てみると、その距離が一気に縮んだ気分になり、ちょっと嬉しいような怖いようなそんな新しい感覚を覚えたのだ。

そんな体験が出来たことも、ブログを書いていたことによる。普段、頭ではブログは世界と繋がっていると思ってはいるが、現実の世界として繋がることが体験すると、やっぱり凄いメディアだと思う

そして、ブログの記事を読んで喜んで頂いて、更に本まで頂戴した著者に感謝である。ありがとうございます。

本の感想は別の「ドキュメント 長期刑務所」に記載します。

5月 03

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ナポリタンをたらふく食べた後の腹ごなしに、野毛山公園へと行ってみた。

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野毛山の頂上には展望台がある。ここから横浜の東側、南側、西側が望むことが出来る。結構眺めが良いので、夜景を見るには良いかもしれないが、夜にはどんな人種がいるかは不明だが。

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横浜は、何かと日本発祥が多い街だ。水道も横浜が最初に出来た。津久井から横浜まで44kmの水道が日本で最初に出来たそうな。へぇ~、知らなかった。

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そして、野毛山と言えば「野毛山動物園」だ。桜木町の駅から坂道を歩くこと15分ぐらいに、この「野毛山動物園」はある。この動物園は、なんと無料だ。横浜の動物園と言えば「ズーラシア」を思い浮かべる人が多いと思うが、地元の人には以外意外とこの「野毛山動物園」が人気だ。無料だしね。かなりの横浜通じゃなければ、知らないし、来ることもないだろうが。。。

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5月 03

横浜発祥の食べ物シリーズ(いつの間にシリーズ化したのだ!って話もあるが、昨日に今日も横浜発祥の食べ物だ)の第二段は「ナポリタン」パスタというよりもスパゲッティの定番メニューだ。

因みに、最初に作ったのはホテルニューグランドの総料理長が進駐軍向けに作ったとされている。そのホテルニューグランドの「スパゲッティナポリタン」は、ナポリ風ソースによって作られたという。今回食べるのはケチャップベースの大衆化した「スパゲッティナポリタン」だ。

その「ナポリタン」を横浜の野毛に60年前からある「センターグリル」で食することに。店は、野毛小路の奥にひっそりとある。60年の歴史を感じさせる店内だ。

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テーブルにグラスが配置されている。4人掛けのテーブルに6つのグラスがあるところがにくい。そして店内に流れる音楽は、50年~60年のアメリカンポップスが流れいて洋食屋の雰囲気をかもし出している。

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ナポリタンを注文して10分も経たないうちに、「ナポリタン」運ばれてきた。お~、これぞ「ナポリタン」!と言いたくなるほどのイメージ通りのものが目の前に。

一口、ケチャップの絡まったスパゲッティを口に入れるとケチャップの味が広がる。ナポリタンなんて食べたのはここ20年はない。学生時代にさかのぼってもあまり記憶にない。凄く懐かしい味だ。

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ついでに、ポテトサラダも注文してみたのだが、これでもか!というぐらいのポテトサラダが目の前に来た時には、少々後悔しないでもないって感じがした。流石に全部は食べ切れませんでした。。。

センターグリル
横浜市中区花咲町1-9
045-241-7327

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5月 02

横浜発祥の食べ物は沢山ある。その中で横浜発祥のラーメンと言えば「サンマーメン」だ。

そのサンマーメンを最初に作ったお店「玉泉亭」で「サンマーメン」を食べてみた。

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あんかけのラーメンなのだが、餡とスープがいい具合に混ざり合ってうまい。ラーメンの麺は柔らか目だ。コシのある麺に慣れている人には少々物足りないかもしれない。

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ついでに餃子も食べてみた。こちらは普通の餃子である。普通に旨いって感じ。

玉泉亭
横浜市中区伊勢佐木町5-128
045-251-5630

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