世の中には、難しい話が多い。専門的な話だったり、いろいろ込み入っていたりなどなどだ。
で、世の中には、そんな難しい話を難しく話す人と、難しい話を解りやすく簡単に話す人がいる。端的に言えば、後者の方が頭が良い人だとは思っているが。
難しい話を難しい単語や専門的な単語や一般的になってない単語などを使って話す人は、話をする時の説明責任を放棄しているじゃないかなと思う。
話をするということは、人間が話す人から話を聞く人への情報伝達と理解ということだ。単に伝達するだけなら、別に難しい話だろうが、簡単な話だろうが話をする人の脳で考えたことを声にして発すればよい。聞く人は、声を認識すればよい。「あぁ!声が聞こえた」って状態だな。ここまでが伝達だろう。ここから先は、聞く人の脳内で、声を認識して、理解するということが行われる。
聞く人の脳内で理解する時に、難しい話が理解出来る、出来ないは、結局聞く人の知識や経験などを元にして理解出来る、理解出来ないが判断される訳である。話をする人は、理解してもらうという事の責任を、聞く人の知識や経験に依存していることになり、難しい話を難しく話す人は、話を理解してもらうという責任を放棄して、聞く人に任せてしまっていることになる。
そんな訳で、難しい話を難しく話す人は無責任なんじゃないのかと思うのだ。
難しい話を解りやすく簡単に話せる事が出来るようにならないとです。