文章の行間を読むのは難しい。今回はそんな行間の難しい文章を書いてみた。文章が短いので更に解りづらい。自分で書いておいてなんだが。
話の発端は、先日何年ぶりかで親父からメールが来たのだ。そもそも十年近く両親にも兄姉にも会った事がない。義理の兄貴に至っては、姉と結婚して十数年になるが、4回しか会った事がないというぐらいに親族との関係性は薄い。
親父からのメールの内容は簡単で「たまには帰って来い」と「両親や兄姉の近況」がそっけない短い文章で書かれていた。
いつもの事だが、こちらからの返信もそっけない。ここら辺は親子である。良く似ている。
父:たまには帰って来い。
ひ:気が向いたら行く。
父:○○くん(義理の兄貴)はxxxになった。
ひ:出世街道まっしぐらだな。
以上の簡単でそっけないメールの返信だ。そっけのない短いこの文章は、かなり行間を読み込まないと意味を理解出来ないかもしれない。
そもそも来たメールの行間を読むのも難しい。「たまには帰って来い」とは話があるから帰って来いと言いたいのか、それとも他に用事が何かあるのか。イマイチ解らない。「○○くん(義理の兄貴)はxxxになった。」お前も頑張れ!と言いたいのか、期待していないと言いたいのか。
返信の「気が向いたら行く。」の「気が向いたら」は、殆ど行かない(帰らない)という事を表現している。だいたい一人暮らしを始めて、実家に行きたい(帰りたい)と思った事は一度もないのだ。更に「行く」には既に実家は「帰る場所」じゃないという事を現している。ここにかなりの認識のギャップがあるのだ。
「出世街道まっしぐら」は、義理の兄貴が金持になったら、そっちで面倒を見てもらえ!という事を表現してみた。
こんな行間の難しいメールのやり取りをするぐらいなら、自分だったらメールなんかしないと思うのだが。忘れた頃にメールが来たりするのだ。
今は、メールになったからまだ良いのだが以前は達筆の手紙が偶に来ていた。あまりの達筆に殆ど読めないという状況になるのだ。何が書いてあるのか読めないので、当然返信は書けない。まあ、手書きで返信を書く気もなかったのだが。
今に始まった事ではないが、親不幸な息子に間違いない。両親のどちらか一人になったとか、動けなくなったとかになったら、面倒を見るのは自分だよな~、長男だし。(かなり日本的発想だ)面倒を看て自分も生きていく為にはどのぐらいの金が必要なのだろうか???と思う今日この頃でもある。その程度には親孝行である。
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